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五十の夢

 私は筆まめな方で、手紙大好き人間だが、不特定多数の人々に向けてペンを走らせるのは初めての経験。ドキドキ、ドギマギ! 心臓の鼓動は高まるばかり。

 今回「それぞれの四季」連載のお話を頂いた時には、ハムレットばりに「受けるべきか、受けざるべきか?!」と、御飯をおかわりする位に悩んでしまった。

 ここはプロの意見を聞くべし!と、友人である詩人Rに相談したところ、「してみるべき!」と励まされ、「ええんや、ままよ!」とお引き受けすることにした。結婚暦30年、2人の子持ちの在日2世。

 思い起こせば30年ほど前、大阪朝高合唱部部長だったのが始まりで、卒業後は、大阪朝鮮歌舞団、金剛山歌劇団と在日芸術畑をまっしぐらに駆け抜けてきた。

 当時は、朝高卒業生にとって音大受験は夢の夢。私大でさえ学びの扉を固く閉ざしていた。その為、どれ程多くの朝高生が辛苦を舐めたことか。

 私は結婚、出産を経て、歌に生きるより、母として生きる道を選択した。そして、歌劇団を退団。その後は、主婦、女将業まっしぐら。

 ある日、病に倒れ、はたと気づけば、なんともう46歳!  

 「え! もう、50代やん、うっそ!」

 私は、迷路で足踏みする新米ハイカーの様に立ちすくんだ。本当に久々に自分自身の前途、そして、50代のあり方についてふと、思いを馳せた。

 そんな時、「音大」の2文字が私の頭の中に響いた! 無謀にも、「トライしてみよう!」と思い立ち、大阪音大短期大学部を目指し、またまっしぐらに突き進むのであった!(金桂仙、声楽家)

[朝鮮新報 2004.7.5]