「苦渋の決断」 |
女子マラソンの高橋尚子選手がアテネ五輪の代表から外れた。日本陸連は「苦渋の決断」をしたのだという。 昨年の世界選手権での日本人トップ選手が内定しており、残り2つの代表枠に対し、選考レースが3つもあるということ自体おかしい。時期も気候もコースも違う3つのレースで記録の優劣をつけられないだろう。そのうえに、メダルへの期待というあいまいな選考基準がある。選考レースを1つにし、上位3人を選ぶのが最もすっきりするのでは。「苦渋の決断」の裏には、放送局側とスポンサーによる収益のカラミで選考レースをできるだけ多く開きたいという利害が隠れ見える。 また、鳥インフルエンザの感染をめぐりその責任を自殺という形で締めくくった養鶏場会長も「苦渋の決断」の末のことだったのだろうが、鶏の大量死の直後にしかるべき措置をとっていれば、不幸な結果にはならなかったのではないか。 個人でも組織でも、さまざまな場面でさまざまな決断を下さなければならない。「苦渋の決断」「やむにやまれぬ決断」というと熟慮の末に決断を下したような印象を受けるが、多くの場合、はじめからボタンの掛け違いがあったり、安易な方向に逃げたりしていることが多い。 いまの日本社会はあらゆる面で在日同胞にとってますます厳しい状況になっている。1世の時代から現在まで、たたかわなくては在日同胞としての私たちの生活は何も守れない。そしてたたかう「相手」もきちんと見極める必要がある。「苦渋の決断」をする人々の姿を見てさまざまなことを考えてしまった。(鄭成玉、会社員) [朝鮮新報 2004.3.22] |