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〈月刊メディア批評〉 権力監視機能を果たさないメディア

 4日、米大統領選挙でブッシュ氏が再選された。世界中の多くの人々がブッシュ氏の敗北を望む中での結果だった。議会選挙でも上下両院で共和党が多数を握った。キリスト教原理主義にこりかたまったブッシュの取り巻きたちの独走が心配だ。

 ニューヨークに住む知人は、「ブッシュがこれからも4年間政権につくというのは本当に恐ろしいことで、悲鳴をあげたくなりますが、心して抵抗しなくてはと思う」と言っている。フランスのテレビのキャスターは「今後4年間、ブッシュと付き合わなければならない」と嘆息気味にコメントした。

 ところが、NHKのBS−1では、斉藤邦彦・前駐米大使がスタジオに呼ばれ、「日米同盟」が最も重要だなどと長時間解説していた。米国べったりの外交官のトップに論評させて「公正中立」の報道ができるはずがない。

 小泉首相は選挙中にブッシュ大統領に「頑張ってほしい」と肩入れし、武部幹事長もラジオ番組で「ブッシュ大統領でないと困る。ケリーさんなんか北朝鮮問題を(米朝)2カ国でやろうと。とんでもない話ですよ」とぶち上げていた。内政干渉もいいところだ。

 朝鮮はブッシュの敗北を望んでいるという何の根拠もない論評も多かった。テレビに出まくっている重村智計早稲田大学教授は10月29日の「スポーツニッポン」の「重村智計のマル秘取材メモ」で《ケリー当選を望む北朝鮮》と題して、金正日総書記はケリー候補の当選を祈っているなどとまったく見当違いの記事を書いている。

 重村氏は7日午前の民放番組でも、「ブッシュ再選で北はショックを受けているんですよ」と解説していた。早稲田大学教授の肩書きで言いたい放題していいのだろうかと思う。

強制占領が原因

 日本の文化人が他国の人権や民主主義をあれこれ言うのもいいが、日本政府が国民の命を守ることさえしないという現実を深刻に受け止めたほうがいい。

 イラクで武装グループに拘束されていた福岡県出身の日本人男性が10月31日、殺害された。頭部を切断され、遺体は米国旗にくるまれていたという。米英のイラク侵略、占領による日本人の拘束事件での犠牲者は初めてだ。

 中東専門家の酒井啓子氏はテレビに出演して、「イスラエルからヨルダンを経由してイラクに入ったのがいけなかったのではないか」と強調していた。それもあるかもしれないが、武装グループは48時間以内の自衛隊撤退を求め、応じなければ男性を殺害すると予告していたのだから、米英日などの多国籍軍の強制占領が事件の原因だ。男性自身も「小泉さん」と呼びかけた後、グループのメッセージを伝えていた。

 国際法、憲法、自衛隊法、イラク特措法のすべてに違反して自衛隊を多国籍軍に派兵している小泉首相にこの事件の最も大きな責任がある。

 民主党の岡田卓也代表でさえ、遺体確認のニュースを受けて、「自衛隊をイラクに派遣していなかったら事件は起きなかった」と断言したのに、沖縄の2つの新聞を除く日本のほとんどの新聞は、拘束事件と自衛隊問題を切り離して考えるべきと主張した。共同通信の世論調査では、小泉首相らの政府の対応について59%の人が「適切だった」と評価した。国民の過半数が、青年が殺されたのは仕方がないと答えたのである。

 1日の朝日新聞「社説」は被害者の男性を「無謀」と非難したうえで、「犯人たちは日本政府に自衛隊の撤退を要求し、小泉首相はそれを拒んだ。脅しに応じることはできない。一人の命がかかったことだが、この決断はやむを得なかったと思う」と書いた。日本の主要新聞社は民主党より右だということだ。

 被害者の遺体は4日、福岡に戻った。遺族は「みなさんに迷惑をかけて申し訳ない」とひたすら謝罪している。被害者本人もビデオの中で、「ごめんなさい」と謝っていた。

 「韓国人の会社員が拘束されて殺害された事件があったが、国民みんなが無事を祈り、殺害後は多くの国民が政府に軍撤退を要求した。日本では、見殺しにされた。なんという冷酷な政府と国民か」。遺体が発見された日に京都で開かれた「平壌宣言2周年記念の集い」のパネリストを務めた韓国人の感想だ。

 男性の家族には嫌がらせの電話、メールが殺到した。家族は電話線を切った。ある研究者は人権と報道関西の会編「マスコミがやって来た! 取材、報道被害から子ども・地域を守る」(現代人文社)を家族の関係者に送った。

 「こんなやつに税金を使うな、地震被害者に使え」などという声があった。NGOの中にも、男性の非を指摘する声が少なくなかった。「被害者にも責任がある」という言い方が、一番問題だ。

 朝日新聞、共同通信、NHKはバグダッドに取材記者を派遣している。彼らが同じような武装グループに拘束されても、「無謀だ」とか「自衛隊問題と切り離せ」と言うのだろうか。

 被害者がまだ職業を持たない旅行者だったことで冷淡な対応をしたとしたら、憲法第14条の「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」という規定に違反している。

「不当な攻撃」

 今回の事件で、日本を代表する共同通信は10月30日未明、別人をこの男性と間違えて「殺害が確認された」と断定報道した。米軍から日本政府に渡った情報が実にいい加減だった。多くの新聞、放送局が共同の記事をそのまま使った。佐々木伸編集局長は辞任しなくていいのだろうか(8日更迭=編集部)。佐々木氏は「ホワイトハウスとメディア」(中公新書)で、日本が「平等なマスコミ社会」であり、米ホワイトハウスなどの記者クラブのほうが記者を差別しているなどと書いている。「記者クラブ」が日本独特の制度であることが彼にはわかっていない。

 ブッシュ政権に追随する小泉政権と権力の僕となったメディアが一人の国民を見殺しにしたと私は思う。

 被害者と家族を非難するメディアは、今回も海外から批判を浴びた。仏紙ルモンドのフィリップ・ポンス東京特派員は2日付で、「首をはねられた日本人青年の家族が謝罪を表明する」との見出しで次のように書いた。

 「あたかも苦しみが足りないかというように、誘拐犯によって首をはねられた日本人ヒッチハイカーの青年の家族は、息子を『育ちが悪く』し、『無責任』になるよう奨励したとして批判の的となっている」「経済危機による社会的不公正の深刻化による犠牲者の持つフラストレーションが原因となり、政治的不満が拡散した。こうした感情が、決められた枠組みから逸脱しようとする若者に反発して起きた批判の高まりの中で、はけ口を見つけたのである」

 ポンス氏は私の取材に「彼は何も悪いことをしていない。今回も政府とメディアが不当な攻撃を行った」と述べた。

 日本政府と企業メディアは4月の2つの事件の対応から何も学ばず、国内の誘拐事件で普通に行われる配慮をまったく行わなかった。また拘束事件の扱いはあまりにも小さかった。特別番組もほとんどなかった。新潟中越地震で奇跡的に救助された2歳の子どもとの扱いが違いすぎた。

 国家の政策によって人が死ぬことにニュース価値を求めない日本のメディアはジャーナリズム機能を全く果たしていないと言えよう。(中見出しは編集部)(浅野健一、同志社大学教授)

[朝鮮新報 2004.11.11]