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朝鮮で初の体外受精児誕生、平壌産院で不妊治療に協力13年−仙台の医師 今泉英明さん

これからもどんどん協力したいと語る今泉さん

 朝鮮の平壌産院研究室に今年9月下旬、一人の日本人産婦人科医が足を踏みいれた。13年前から同産院で不妊治療の指導を続けてきた仙台市青葉区の産婦人科医院院長・今泉英明さんである。

 部屋のパソコン画面に映しだされた黄色いベビー服をまとった新生児の写真。「このかわいい赤ちゃんは誰なの」。

 すでに6度目の訪朝で、知己の医師も多い。彼らを代表して不妊治療チームの李秀真主任がなにげない口調で「私たちの初の体外受精児が、6月23日、誕生しました。先生のこれまでの協力に心から感謝します」と答えた。

 「えぇ、何、本当? ウワァー、よかった、おめでとう」。室内には歓声が響き、拍手がわき起こり、大きな興奮に包まれた。何度も握手と抱擁を交わすチームの医師と今泉さん。「先生が日本で成功した時のように、何日も家に帰らず、病院でシャワーを浴びるだけの生活でがんばりました」と報告を受けた。後で聞くと、産院の医師たちはこの朗報を直接、今泉さんに知らせ、喜びを分かちあうため、平壌空港到着時に今泉さんに漏れないように通訳らの口止めをしていたという。

 赤ちゃんは平壌市内に住む38歳の母親から生まれた女児で、2930グラム。母親は卵管閉鎖が原因で精子や受精卵の輸送がうまくいかない「卵管性不妊症」で、12年間の不妊治療を受けていた。

 「政治の壁を超えて、子どもを持ちたいという親の願いは世界中どこも同じ。生命誕生の手伝いをするのは、私の務めです」と今泉さんはキッパリ語った。そして、「平壌で生まれた第一号の赤ちゃんは私の孫です」と相好を崩した。

誕生した赤ちゃんの写真を見て喜ぶ今泉さん(右)と医師たち

 今泉さんは21年前の83年、東北大学医学部産婦人科の鈴木雅洲教授の指導する研究グループの中心的なメンバーとして日本初の体外受精に成功した先駆者。西洋医学だけではなく、東洋医学の伝統的治療法にも早くから着眼し、77年から中国で不妊治療を続け、81年から82年にかけて、北京の大学院で東洋医学を研究するなどこれまで65回以上の訪中体験がある。

 最初の訪朝も91年、中国政府の協力を受けて日中医学交流代表団長として平壌入りしたのが縁。この時、平壌産院で不妊治療チームに初めて技術やノウハウを伝授した。

 しかし、最初は産院にたどり着くまでに幾重もの壁があったという。「通訳と激論になったりもした。日本でもまだまだ根強い『体外受精』への偏見もあった。子どもを持ちたい、という親の願いへの無理解もあった」。それを一つひとつ丁寧に説き、納得してもらった。そうした産婦人科医としての情熱と誠意が朝鮮側関係者に伝わり、平壌産院では50人の医師を前に最新の不妊治療についての講義を行った。

 以降、2、3年のペースで訪朝を重ね、排卵誘発剤などの薬品や注射針、さまざまな医療機器、専門書などほとんどを自費で贈ってきた。2回目以降からは、医療チーム8人の役割分担や臨床上の技術指導など、目的を絞り込み、密度の濃い講義を10数回続けた。4年前にチームは、ウサギによる体外受精に成功した。

 これまで日本では1万人を超える体外受精の赤ちゃんが誕生し、今泉さん自身がとりあげた例も500例以上にのぼる。その今泉さんの目から見ても、朝鮮の医学水準は決して劣るものではなく、医師たちの誠実な仕事ぶりに胸打たれることが多いという。

万寿台議事堂で「親善勲章2級」を授与された(左は最高人民会議常任委員会の楊亨燮副委員長)

 「医療機器の老朽化も目立ち、抗生物質などの医薬品も足りず、確かに苦境にある。しかし、平壌産院の医学図書室には、日本や欧米の医学図書がたくさん並び、医師たちは勉強熱心。医学知識も抱負で、高度な質問をしてくる」

 今泉さんがとりわけ心強く思っているのは、朝鮮政府が不妊治療を重要課題と位置づけている点だという。

 「金正日総書記の指導で同産院には近年、800万ドルの予算が割かれて、産院の中に医療機器がそろい、さらに生物科学研究所などの協力で受精をスムーズに行う培養液の質も向上してきていたので、体外受精の成功は時間の問題だった」 激論から13年。今では、産院の研究棟を自由に出入りできるほど信頼されるようになった今泉さん。朝鮮政府はその長年の功労を称え、今年9月23日、平壌の万寿台議事堂で「親善勲章2級」を授与した。

 10月下旬には、宮城県日朝友好親善協会と総連県本部の共催のもと、仙台市内で受賞を祝う集いが盛大に開かれた。今泉さんは「お役に立てて本当にうれしい。不妊症に悩む朝鮮女性が一人でもいる限り、医師としてベストを尽くして助けてあげたい」とほほ笑んだ。(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2004.10.26]