〈在日朝鮮学生少年芸術団の平壌迎春公演〉 感動、涙を誘った124人の思い |
【平壌発=姜イルク、盧琴順記者】万景台学生少年宮殿で昨年12月31日に行なわれた2004年を迎える学生少年らの迎春の集い。前号既報のように歌や踊りなど18の演目が披露された。また、日本各地の朝鮮学校から選抜、構成された在日朝鮮学生少年芸術団(児童、生徒124人)も参加。日本社会での暴行、暴言事件にも屈することなく元気に学び、民族の代を継いでいく思いを歌と踊りで表現した公演は、観客の感動を呼び、涙を誘った。集いの模様は、朝鮮中央テレビが31日の夜に続き1日、2日にも繰り返し放映した。3日からは一般市民を対象にした公演も行なわれ、連日多くの観客でにぎわった。 舞台と観客席が一体に
在日朝鮮学生少年芸術団の公演タイトルは「わがランドセル」。約5分間の舞台だった。 朝鮮学校に通う女子児童がある日、登校途中に見知らぬ男に襲われランドセルを奪われそうになる。その日以来、また襲われるのではないかと不安がる児童は学校に行くことをためらうが、オモニに勇気づけられ学校に行くことを決心する―。 児童、生徒たちは合唱と踊りを通じて、「われわれのランドセルには母国語と愛国の歴史が凝縮されている」ことを強調しながら、そのランドセルを何があっても最後まで守り抜き、どんな状況下でもくじけることなく民族の代を継いでいくとの決心を表現した。 生徒らがその熱い気持ちを込め力強く行進した時、観客席からは大きな手拍子が起き、舞台と観客席は一体になった。 昨年日本では、反朝鮮、反総聯の動きが頂点に達し、総聯施設や民族金融機関などに対する銃撃、爆発物設置事件や朝鮮学校に通う児童、生徒たちに対する暴行、暴言事件が頻発した。 こうした状況を背景に上演されたリアルな生徒らの公演は、観客らに日本社会に対する怒りとともに、大きな感動を与えた。 首都建設総局に勤める47歳の男性は、「異国の地で、生命の危険にさらされながらも幼い子どもらが民族教育を受けるということは、口で言うほど簡単ではないと思う。彼らの熱い思いが心に響き涙があふれ出た」。 対外事業に携わる40代の男性も、「涙が止まらなかった。苦境を乗り越えて学校に通う生徒らの姿に感動した。これからもしっかりとランドセルを守り抜いていってほしい」とエールを送った。 テレビで公演を見た市民たちからも、在日生徒らの公演はとても印象的で感動的だったという感想が多く聞かれた。 かけがえのない思い出を
在日朝鮮学生少年芸術団が毎年、平壌で行われている迎春の集いに参加し始めて今回で18回目になる。通常、平壌での練習期間は1カ月以上もあるが、今回はたったの8日間だけだった。それだけに関係者らは当初、公演を成功させられるのか心配していた。 しかし生徒らは午前、午後につづき夜も宿泊している平壌ホテルで猛練習し、すばらしい公演に仕上げた。 舞踊の指導にあたった青少年課外教養指導局創作所のソン・ヒスクさん(55)は、練習中、半分眠りながら踊っている生徒の姿に涙をこらえたと話す。「朝鮮の生徒らもこのようなハードな練習には耐えられないだろう。きびしい状況を乗り越えてきた在日生徒らの精神力に感心する」。 一方生徒らは、「祖国の先生がみんな親切にめんどうを見てくれるので何の心配もない」(「慶姫さん、福岡朝鮮初中級学校初級部6年)と語る。 指導員ら関係者はもとより、ホテル各階の清掃、管理員らも親元を離れて暮らす生徒らのために特別に24時間体制を布くなど、健康はじめ生活に細心の注意を払い見守っている。 また、猛練習を消化する過程で生徒らも互いに励まし合うなど「団結がいっそう深まった」(康明騏さん、北大阪初中級学校中級部2年)という。 97年の迎春の集いに出演した在日本朝鮮文学芸術家同盟東京支部部員の金仙玉さん(21)は、練習に励み公演を成功させた後輩たちの姿を見ながら次のように語った。 「すぐに技量を吸収できる学生時代に、朝鮮トップクラスの先生の指導を受けられる生徒らはとても幸せだと思う。また何よりも、祖国の温かさを肌身で感じながら、同じ目標に向かって苦楽をともにした団員同士、深いきずなで結ばれる。私自身、今でも当時の友人たちと連絡を取り合い、励ましあっている。子どもたちにとって集いへの参加は、かけがえのない思い出になるだろう」と語った。 [朝鮮新報 2004.1.8] |