〈新潟県中越地震〉 復旧目途立たず、不安な日々送る被害同胞 |
【新潟発=金明昱、文光善記者】23日、新潟県中越地方を中心に起きた震度6強の地震。現在も断続して強い余震が起き、避難している同胞たちは不安な日々を送っている。食料の配給が不十分で、電気、水道、ガスなどのライフラインの回復も目途が立っていない。今回の地震に対応して 総連中央は「被害地同胞支援対策委員会」のメンバーら8人を被災地に送り支援活動を開始。27、28日には高徳羽副議長(兼同胞生活局長)が小千谷、十日町の両市、小千谷市に隣接する川口町を訪れ同胞らを慰問、激励した。26、27日、十日町市と一番被害が大きいと見られる川口町に入り同胞らの姿を追った。 26日にようやく安否確認 川口町-焼肉店全壊「九死に一生得た」 どこよりもひどい、今も車生活
川口町に住む李相烈さん(65)と羅静代さん(63)夫妻は焼肉店を営んでいる。震源地に近く、記者たちは地震当日の23日、現地に入ることができなかった。携帯電話も通じず、安否の確認が取れないまま時間だけが過ぎていった。 26日午前2時頃、 総連新潟県本部がようやく連絡の取れるようになった川口町の災害対策本部に問い合わせ、家は全壊だが家族は全員無事だとの情報を得た。 「全壊」という言葉に、本部職員や居合わせた同胞らは言葉を失った。「そんなにひどいのか…」。 とにかく一刻も早く現地に行って様子をみることが先決だった。翌27日、 総連県本部の李主炫委員長らと車で川口町に向かった。しかし途中で通行止めにあい徒歩で現地へ。 約2、3キロ歩くと、テレビで連日流れている映像そのままの町の姿が目に入ってきた。切断された鉄道、亀裂が入り上下に波打ち、土砂崩れなどで寸断された道路…。町は廃墟といってもおかしくない様相を呈していた。
役場の周り一帯には原形をとどめないほど崩れた多数の家が、そして堤防の脇の下には一夜を明かしたとみられるテントやビニールシートも見えた。サイレンの音も鳴り止むことを知らない。 李さん家族らは、国道沿いに止めていた車の中で生活していた。その姿を確認するや、李本部委員長が真っ先に駆け寄り、「元気な顔を見れてよかった」とほっとした表情を見せた。 町役場から歩いて3分ほどの店舗を兼ねた自宅を案内してもらったが、1階の店は完全に押しつぶされていた。 「本当に九死に一生を得た」。李さんは、地震の当時の様子を次のように生々しく語ってくれた。 「地震が起きて5秒で1階がすべてつぶれた。本当に一瞬の出来事で、何が起こったのかわからなかった。違う場所にいたら死んでいた。妻と声を掛け合って小さな隙間をぬって脱出した…。こうやって生きているのが奇跡だ」 店はいつ営業を再開できるのかまったく目途が立っていない。それよりも、住むところがどうなるのか。 「車での生活が当分続くと思うが、今からは冬が始まるので困る。それまで生活を再開できるのかどうか不安だ…。壊れた家はもう見たくもない」 食料の配給は、やっと炊き出しのご飯と味噌汁、カレーのルーなどが届く程度だ。今の命綱、車のガソリンの供給も10リットルに制限されている。 現場を共に訪れた県商工会の金彰夫理事長は、「ここはどこよりも状況がひどい。一刻も早く必要な物資を届けなければ」と話しながら、今後、冬に備えての防寒具、下着、靴などの生活用品と食料品をすぐに届けることを李さん家族らに約束した。 「食料、水何もなかった」 十日町-壁、天井くずれ店内に散乱 疲労困憊、支援に「ありがたい」 十日町市ではまず、李鉉秀さん(48)が経営するパチンコ店と、李文男さん(44)の自宅を訪れた。 李さんのパチンコ店内に足を踏み入れると、壁や天井の破片が床に散乱していた。
「地震当日、さらに2日目までは避難所に行っても食料、水は何もなかった」と李さんは振り返りながら次のように語った。 「現在は、知り合いの同胞らが食料を持ってきてくれるので本当に助かっている。こういう時になって、本当に同胞らとの横のつながりが大切なんだと感じている。真っ先に駆けつけてくれたことにとても感謝している」 李さんがこの地域でパチンコ店を開いたのは7年前。常連客も付き、地域にも愛着がある。「営業開始まで時間がかかると思うが、なんとか再開したい」。 同じ十日町市内に住む李文男さんら家族は、地震直後から避難所で生活をしていたが、訪れたこの日は、電気が通ったため家に戻っていた(水道、ガスは復旧していない)。 李さんは、「避難所ではとてもじゃないが、長くは生活できない」という。その表情からは疲労困憊の様子がありありとうかがえた。 この日、東京から朝青員らが支援に駆け付けたと聞いた李さんは、「とてもありがたい。しっかり力になってほしい」と、この時にようやく笑顔を見せた。 支援活動のメンバーらは長岡市を拠点に、被災地の同胞らに物資を届けるほか、復旧支援にも携わる。 [朝鮮新報 2004.10.28] |