総連第20回全体大会に向け知ろう総連の歩み(24) |
世界情勢は急変した。1991年12月のソ連邦解体などソ連、東欧社会主義は崩壊し東西冷戦は終焉した。主体的社会主義を目指す共和国に対する帝国主義勢力の孤立、抹殺を目的とした圧力は強まるばかりであった。このような情勢の中でも総連は 90年代前半の総連活動の方針を決める16回全体大会では3年間の活動を総括し、先駆者として祖国統一をはじめとする愛国的課題を遂行すること、とくに在日朝鮮人運動の主体的力量の強化を図る課題を提起した。ソ連、東欧社会主義の崩壊と反共和国策動が強まる中で、チュチェ思想を指針として主体的な在日朝鮮人運動を展開していく方針を示した事が16全大会の大きな意義といえる。 91年12月14日、北南間の和解と不可侵及び協力、交流に関する合意書が発表されるなど朝鮮半島情勢は好転しつつあった。しかし、米国とそれに追随する反統一勢力はそれを無視し、共和国の「核問題」を国際化させ情勢を極度に緊張させた。いわゆる93〜94年の「核疑惑」問題である。日本では「朝鮮半島有事」で「有事立法」の制定が騒がれた。 これらを背景に、かつてない反共和国、反総連策動が企てられた。93年7月14日、当時の日本外相は選挙演説中に共和国の最高指導者を侮辱する暴言を吐いたことに対し、総連中央の許宗萬責任副議長は糾弾談話を発表した。94年4月25日、「威力業務妨害」を口実に大阪府警は1300余人の警官を動員して総連大阪府本部会館など8カ所を強制捜索した。総連結成以来39年間、一度もなかった暴挙である。総連はただちに抗議声明を発表、無謀な政治的弾圧を糾弾。6月6日には京都府警が「国土利用計画法」違反容疑で本部会館など27カ所を一斉に強制捜索した。反総連策動は朝鮮学校生徒らにも向けられた。4〜6月末で暴行、暴言事件は139件に及んだ。再発防止のために各地のオモニ、女性、女子生徒らが参加し「朝鮮学校学生に対する暴行事件の防止を要求する在日朝鮮オモニ中央大会」(6月24日)が開催された。朝鮮学校オモニ会中央連絡会(金日順初代代表)を設け、事態の深刻さを訴えもした。同胞たちは総連組織と在日朝鮮人に対する弾圧と人権侵害事件がふたたび起きないよう、日本政府の関係当局、マスコミ各社、そして日本国民に訴え要請した。(呉圭祥、朝鮮大学校教授) [朝鮮新報 2004.3.9] |