「今、オモニは８０歳を越えんとす／若き日に奪われし文字とり戻さんと／エンピツ持つ手ももどかしく／広告の裏紙になめくじの這うごと／たどたどしき文字書いて口ごもる／「この字何ちゅ？」と訊くオモニ尊し／…／あぁ狂おしき渇望よ／吾がオモニ／もし自由に文字書きたれば／苦難の道のり／思いの丈を百冊の本に／記すとも足らざりしと言う。

　今老いしオモニ／せめて／祖国の統一の日まで／生きてと祈る」（母８２歳の折に、４男　�｢東録作）

地底の声を聞く

　この歌を詠んですでに１０年。元気だった母・姜金順さん（91）は、昨年末から病に伏すことが多くなった。この５年ほど、姜さん親子は二人三脚で福岡、山口県を中心に日本の学校約８０校を訪れ、子供たちの前で、在日朝鮮人の強制連行などの受難史を語り継いできた。息子の�｢さんは２５０校ほどの小、中、高校を訪れているので、母は３分の１を同行したことになる。その活動を３男�｢東熙さんら家族が温かく見守ってきた。

　１９８９年夏―。すべてはここから始まった。�｢さんが大牟田市の三井三池炭坑の馬渡社宅５１棟を訪ねた時に―。

　空き家の５１棟に入り、何気なく押し入れを開けた。そこで偶然見つけた「壁書き」と「墨書」。そこにはこう記されていた。

　「壹心壹徳／自力飴生／中山海鳳／平生壹心／正元慶力」（心を一つにして頑張ろう、自分の力で生き抜こう、一生けんめいに頑張ればきっといいこともある。かならず故郷に帰ろう）。

　２０文字の漢詩。その切々たる望郷の思いが、�｢さんの胸に衝撃をもたらした。その日から、５１棟の保存に奔走する。三井と市に掛け合うこと１５回。重要な交渉には高齢の母も、往復４時間の道のりをかけつけた。しかし、ある日、無残にも５１棟は抜き打ちで取り壊された。

　「落盤やリンチ、栄養失調などで多くの朝鮮人がここで命を奪われた。その記憶を抹殺しようと、保存すら許さない。日本は強制連行の事実を歴史の闇のなかに永遠に消し去ろうとしているのだ」。漢詩こそは彼らがこの世に生きたたった一つの証であり、命の鼓動であった。「受難の地をこの世からかき消して、アスファルトで固めて終わりという訳にはいきません。地の底から吹き出してくる同胞たちの無念さを、私は多くの人たちに知らせたいと思った」と�｢さん。

さざ波のように

　この運動がやがて母と息子にある転機をもたらすことに。知り合った日本の先生から、学校で強制連行の歴史を話してほしいと頼まれたのだ。それが話題を呼び、さざ波のように地域の学校に広がっていった。

　�｢さんの話は子供たちに大人気である。偉ぶらない。優しい人柄。何より分かりやすい。歴史も文化も政治も子供の目線で伝える。時には、朝鮮語でじゃんけんもやり、体を動かす。緊張感とスリル。興に乗ると子供たちは笑い転げ、涙を流すシーンも。

　まず、父・鳳坤さんの話から入る。４０年、慶尚南道から八幡製鉄所に強制連行された。２年後、夫の後を追い、姜さんが４人の子を連れて玄海灘を渡ってきた。

　海が荒れて、生きた心地がしなかった。霰が甲板を叩く。船が揺れる。子供は水をほしがる。死んでも一緒に死のうと言った母の言葉などをリアルに語っていく。子供たちは身を乗り出して聞いている。

　�｢さんは製鉄所の下請け社宅で生まれた。身重の母は重い鉱石を貨車に荷積みする作業につき、家計を支えた。労賃のほとんどは強制預金に持っていかれ、結局支払われなかった。敗戦を迎えたが、朝鮮人ということで、両親とも会社を首になった。コメも買えず、帰国船の切符も買えなかった貧窮の日々。しかし、両親とも懸命に働き、５男２女をりっぱに育てあげた。

　働き者の母の話に子供たちはますます引き込まれていく。「近くの空地を耕して畑を作った。そこで作ったニンニクやサンチュ（ちしゃ）を、八幡や小倉の同胞に売り歩きながら生計を立てた。バスや汽車に乗ろうにも字が読めないから、どこまでも歩くしかなかった。文字を習いたいと母は痛切に思った」と。

　そして、チマ・チョゴリ姿の母が当時を回想した後、絞り出すように「アリラン」を歌う。植民地時代の艱難辛苦を体全体で表すかのような独特な響き。子供たちは感想をこう記す。

　「私が一番泣いてしまったのは、�｢さんのオモニが話してくれた時のことです。泣きながら、一生けん命に話してくれました。言葉の意味がわからなくても、心と心で分かりあえたと思いました」（北九州市立北方小学校６年生）。

　「姜さんの言葉は聞き取りにくく、私には残念ながら決して良く理解できたとは言えなかった。それにもかかわらず、私には姜さんが訴えようとする内容が不思議とよく伝わった。それは姜さんの胸を焼くような悲しみが、思わず姜さんを揺り動かすような身振りの中に見られる。…私は痛いほどオモニの気持ちを感じることができた」（中間市立東小学校６年生）

　１月３１日、�｢さんが訪れた長府市立長成中学校１年生の学習会後、ある生徒がこう約束した。「僕が大きくなったら、世界を変える。そして、北朝鮮とも仲良くするよ」と。�｢さんの表情が一瞬崩れ、目に涙があふれた。

「ひかりみえた」

　母・姜さんと�｢さんの語り部としての約２０００日の旅。日本の子供たちの前に立つ母を「言葉いう人間教科書」だと�｢さんは語った。

　病床にある母が子供７人孫・曾孫の一族６２人に望むのはただ一つ「民族を忘れてはならない」ということ。パリで絵を学ぶ孫娘に送った年賀状にもこの言葉が刻まれていた。

　植民地時代に学ぶ機会を奪われた女性たち。姜さんもその一人だった。鉄鉱石を運ぶ時、米粒を置いて、回数を覚えねばならなかった。その母が８０代の半ばに初めて習った文字。たどたどしいが、名状し難い美しさだ。

　「やみのせかいからひかりをみることができ、ねんがんのべんきょうのせかいにはいれたことがゆめのようです」「いままででいちばんうれしい」と…。

　受難の世紀を生き抜いた真っ正直な瑞々しい心。国境を越え子供たちの魂を揺さぶる原点はここにあった。（朴日粉記者）

［朝鮮新報 2003.2.10］