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若きアーティストたち(10)

油彩画家・金暎淑さん

 去年11月、東京と大阪で初の個展を開いた。タイトルは「圏外の人々」。展示場の壁に掲げられた絵は、どれも一糸まとわぬ裸体。キャンバスの中の人物は、物憂い表情で宙を見つめている。

 在日3世の金暎淑さん(28)は、今、自らを「圏外の人」と位置付けている。同年3月京都で開催された「アルム展」がきっかけとなり、その後南朝鮮の光州で開かれた現代アートの祭典「光州ビエンナーレ」に出品した。5月、約10日間の日程で南朝鮮を訪問。「離散の地」と題されたビエンナーレの一角に金さんの作品は展示された。そこには世界各国に散らばるコリアンの作品が並べられていたという。「母国の地」で開かれた美術展に「コリアン・アーティスト」として出品した喜び。しかし、彼女の想いとは裏腹に、そこでの体験は彼女に鮮烈な衝撃を与えたという。

 日本からの参加者らと雑談を交わすときのできごとだった。無意識にこぼれた日本語に、現地案内役の青年が過剰に反応した。「ここで日本語を使うな」「日本で楽して育ったんだろう」とのキツイ一言。その指摘に、金さんは返す言葉を失った。在日は何の苦労もせず、楽をしてきたのだろうか? 私は何者なのか?…。

 ひどく感情的になっている青年の前で、金さんは朝鮮語で反論することもできず、ただ口をつぐんでしまったという。「民族教育を受けてきて、朝鮮語をまったく知らないわけではない。でも、私たちがもっとも意思の疎通を図りやすい言葉は日本語です」。

 南の人は、悲しくも金さんを「日本人」と見ているようだった。金さん自身もあまりの衝撃に「私は日本人なのか…」と思い悩んだという。

 日本に戻り、「拉致」騒動のさなかアルバイト先の日本人が「朝鮮って怖いね」と話していると、「やっぱり私は日本人じゃない」と思うという。そうして描かれたのが「圏外の人」。大きな木の下に守られている人々と、木陰に入らず空を見上げる人物が描かれている。「何にも属さない人、それは決して弱い存在だけではないと思う。圏内の人より多くの不安や困難にさらされながらも、各々が自身の力で獲得するものがある、私自身いまそうした過程にいるんだと思います」。

 彼女がモデルに服を着せない理由は、「服を着せるとどうしてもその人の嗜好や流行がでてくるから」だという。「そういうものはいらないと思う。赤い服を着ようが青い服を着ようが、そんなのは関係ない」。

 余分なものを削ぎ落とした彼女の作品には、在日3世である彼女自身の心の葛藤が込められている。国籍問題で悩み、国籍さえかえれば何が変わるのか、「楽」になれるのか、という問題提起をした作品、時代の流れに乗って楽しそうに進み行く若者と、その場にたたずみ1世が差し出す1輪の花を見つめる者の姿を描いた作品などがそれだ。

 「ある流れ」と題された作品の中で、花を差し出す手をじっと見つめる人物を指し、金さんは「私」だと話した。「これからまたどんな風に変わるかわからない。でも、自分自身を見つめ続けていきたい」。彼女の静かな闘いはまだ始まったばかりだ。(金潤順記者)

[朝鮮新報 2003.1.7]