拉致問題、識者たちはどう見たか |
「9.17」以降の日本のメディアの伝える「北朝鮮」報道。今年、朝鮮新報のインタビューに登場した識者たちは異口同音にメディアの右傾化に警鐘を鳴らした。 「本当に恐ろしい。草の根ファシズムが覆いかぶさっていくような感じを覚える」(駒込武京大助教授)。「全く不愉快。日本人拉致被害者や家族の日常や一挙一動を追い続けているメディアの状況はひど過ぎる。何でここまで報道する必要があるの」(上野千鶴子東大教授)と疑問を投げかけた。 そのようなメディアの洪水報道の結果、発生したのが、在日への嫌がらせであり、朝鮮学校の女子生徒たちへの相次ぐ卑劣な闇打ち行為。上野教授は「出口を求めて蠢いていたネオナショナリストたちのフラストレーションが格好なエサを求めて、拉致問題にとびついてきた、ということでしょう。異論、反論を許さない嫌な空気を感じる」と語った。 現代日本の文壇きってのベストセラー作家渡辺淳一さんも「この、日本だけ異様に怒り、まわりの国々は淡々と、むしろ他人ごとのように冷ややかに見ている理由は何なのか」と問う。「確かに拉致問題は重要だ。『むごい』ことである。しかし、日本のメディアの議論の中に、過去に日本が何をしたかという歴史認識がすっぽり抜け落ちていることに危惧の念を持っています」と顔を曇らせた。渡辺氏は日本の植民地支配下、朝鮮半島から強制連行された人たちのことを決して忘れてはいけないと指摘した。 作家の辺見庸さんも、今年初め、同胞商工人新春の集いで「私たちはどのような時代に生きているか―日朝関係と世界の動き」と題して記念講演を行い、「なぜ、日本人の拉致事件だけが現在最大の論点とされ、執拗に追及され、過去の強制連行、『慰安婦』問題は、歴史の闇の中にもくずのように捨てられようとしているのか」「日本の現代史、歴史が危機に瀕している。そのことはわれわれの生き方が自由ではなく、どんどん不自由になっていることを意味する。日本の現代史は、日本人だけのものではなく、近隣諸国の民衆の在日コリアンや中国人たちの身体、涙、血をも埋めこんでいる。血抜き≠オた歴史しか語らぬ現代史とは何なのか」と鋭く迫った。 家永裁判を引き継いだ「横浜教科書訴訟」で国の検定の違法性を徹底的に追及して行動する学者高嶋伸欣琉球大教授。1968年から28年間、筑波大学付属高校で地理や現代社会を教えた後、大学に移った。 高嶋教授はイージス艦のインド洋派遣や有事法制といった政治目的に拉致事件が利用されていることを、現場教師が看破すべきだと語る。 「かつて、明治の大知識人福沢諭吉は『脱亜論』を説き、日本のアジア、朝鮮侵略の思想的ベースを形成した。戦後もそれは進歩派と呼ばれる丸山真男などに引き継がれ、温存されてきた。こうしたアジアへの侮蔑的意識を今こそ、払拭しなければ、日本は国際社会で信頼される一員にはなれない。政治の方向が誤れば、市民自らが行動して、軌道修正すべきだ」 フェミニズムの視点から、拉致問題の本質に迫る発言も相次いだ。今年が「関東大震災80周年」であることを踏まえて、シンポジウム「ジェンダー視点から植民地暴力の歴史を振り返る」を開いた大越愛子近畿大教授は「メディアあげての一方的な北朝鮮非難の嵐の中で、チマ・チョゴリ切り裂き事件が起き、卑劣で陰湿な民族排外主義が在日朝鮮人を取り囲んでいる。そして、再び、愛国心が叫ばれ、あれよあれよという間に有事3法が国会を通過した。このすさまじい軍事化プロセスは、すべて朝鮮を口実にしたものである。前の戦争の謝罪も責任も果たさぬままに、また、次の戦争にのっかっていこうとする日本の現状は恐ろしい」と分析する。 女性の受難史を軸に東アジア全体を視野に入れて研究しようとしているのは、藤目ゆき大阪外大助教授。「拉致問題に国民意識が総動員される危うい状況にある」ことに危惧の念を表しながら次のように語った。 「そもそも、準戦時体制を作り出した原因は日本の側にあるのだ。だから、歴史の縦軸で、今回の日朝交渉を見れば、100年以上におよぶ長年の敵対関係、日本の侵略に起因する不幸な関係をやっと解消することができるかもしれない千載一遇のチャンスだった」 藤目さんの目には、今の日本の状況は、朝鮮戦争前夜に酷似していると映る。 「朝鮮総聯に破防法適用の話まで出てくるのは、本当に恐ろしい。朝鮮戦争の前年に団体等規制令が最初に適用されたのが朝聯。そして、日本の左翼、反戦運動は徹底的に弾圧されたのだ。絶対にあの悪夢を繰り返してはならない」 平壌宣言の精神に立ち返り、日朝関係の正常化に踏み出すよう識者らは強く求めている。(朴日粉記者) [朝鮮新報 2003.12.23] |