「税経新報」に掲載された北野弘久日本大学名誉教授の論文−「朝鮮総連」に対する課税と信義則 |
日本大学名誉教授・法学博士の北野弘久氏が「税経新報」03年12月、506号に寄せた論文「『朝鮮総連』に対する課税と信義則」を紹介する。 T はじめに 東京にある「朝鮮総連」は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の在外公館的役割を果たしている。東京都は約40年にわたって都税条例134条第1項にもとづき、在日本朝鮮人総聯合会中央本部が所在する土地、建物(本件物件)(「朝鮮総連」の所有。同総連は人格なき社団であるので、登記簿上は合資会社朝鮮中央会館管理会名義)に対してその固定資産税等の免税扱いをしてきた。しかるに、平成15年(2003)7月10日付で、東京都千代田都税事務所長がいきなり東京都千代田区富士見2―14―15合資会社朝鮮中央会館管理会宛に同物件につき平成15年度固定資産税、都市計画税課税処分(以下、「本件課税処分」)を行った。 朝鮮総連は、2003年9月3日に東京都知事宛に本件課税処分について審査請求を行った。別途、同総連は、東京都知事宛に固定資産税等の減免不許可処分について審査請求を行っている。 この事案について、筆者は、2003年8月13日に以下の鑑定所見書をとりまとめた。同鑑定所見書は、上記両審査請求書に添付されて東京都知事宛に提出された。なお、朝鮮総連は、ひきつづき法的に争うことを表明したうえで、2003年9月末にそれまで納期の到来した第1期分、第2期分の本税額を納付した。 本件の納税者側代理人は、床井茂、松本操、古川健三らの各弁護士である。 U 固定資産税納税義務の法的根拠 1 合資会社朝鮮中央会館管理会は、在日本朝鮮人総聯合会中央本部が所在する土地、建物(以下、「本件物件」という)を法的に保全するために設立されたものである。本件課税処分の対象になった本件物件の実質的所有者は在日本朝鮮人総聯合会中央本部である。本件物件には昭和39年度からは固定資産税、都市計画税(以下、「固定資産税等」という)が免除されてきた。当初は、固定資産税等の減免申請書を提出するなどの手続きをしていたが、その後は久しく自動的に免除の取り扱いを受けてきた。 日本国憲法の上では、国税については租税法律主義(憲法30条、84条)が支配するが、地方税については「地方自治」(憲法92条以下)の要請によって本来的租税条例主義が支配する。それゆえ、人々は、都税について国の法律である「地方税法」(昭和25年法律226号)の規定ではなく、都民の代表機関である都議会の制定した都税条例に基づいて法的に納税義務を負うのである。国の法律である「地方税法」の法的性格は、各自治体が税条例を制定するための標準法、枠法である。かりに、当該自治体が「地方税法」の規定に従って課税しようとする場合には、そのことを改めて当該税条例で規定しなければならない。ある地方税の税目について言えば、当該税目に関する租税要件等が当該税条例自体において完結的に規定されねばならないのである。このようにみてくると、「地方税法」は枠規定を含めて税条例制定のための標準法的性格をもつものといえる。「地方税法」の規定は、各自治体の税条例を通じて人々に法的に作用することとなる。日本国憲法30条、84条を地方税について引用するときは、同両条の「法律」は各自治体の「条例」そのものを意味する(以上、本来的租税条例主義の詳細については、拙著「税法学言論・第5版」青林書院101頁以下の「地方税・本来的租税条例主義」参照)。 2 昭和39年度以来、約40年間にわたって本件物件に対して固定資産税等が免除されてきたが、その法的根拠は、前出の日本国憲法の本来的租税条例主義に基づき都税条例自体に求められなければならない。都税条例第134条は、「固定資産税の減免」を規定している。同条1項2号は、「公益のために直接専用する固定資産(固定資産の所有者に課する固定資産税にあっては、当該所有者が有料で使用させるものを除く。)」に対しては、固定資産税を減免すると規定する。本件物件に対する免除の法的根拠は、この都税条例134条1項2号と解される。 「地方税法」は、その6条1項において、一般的に不課税を規定する。すなわち、「地方団体は、公益上その他の自由に因り課税を不適当とする場合においては、課税をしないことができる。」また、「地方税法」はその367条において、「固定資産税の減免」を規定する。すなわち、「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者、貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、固定資産税を減免することができる。」都税条例134条は、「地方税法」6条1項、367条の趣旨をふまえて、都としての固定資産税の減免のあり方を規定したものである。なお、「地方税法」702条の8第7項は、都市計画税の減免については、固定資産税の減免に関する「地方税法」367条に従うことを規定している。 東京都が本件物件を久しく免税扱いにしてきた理由は、次のごとくと解される。「外交関係に関するウィーン条約」(昭和39年条約14号)23条1項は、「派遣国及び使節団の長は、使節団の公館(所有しているものであると賃借しているものであるとを問わない。)について、国又は地方公共団体のすべての賦課及び租税を免除される」と規定している。日本社会では、本件物件である朝鮮中央会館は「実質的に外交使節団の公館として位置づけられるもの」と認定されてきた(都の免税理由を報道した昭和47.7.22東京新聞参照)。中国との国交回復以前は、「中日備忘録貿易弁事処駐東京連絡処」も同様の認定を受けてきた。なお、1991年9月17日に国連総会は、朝鮮民主主義人民共和国および韓国の加盟を全会一致で承認していることにも留意されねばならない。同共和国はすでに157国(地域を含む)と国交を結んでいる。 前出のウィーン条約などの趣旨をもふまえて、かつ、都税条例134条1項2号自体が単に「公益のために直接専用する固定資産」と規定しているところでもあり、都は本件物件を都税条例134条1項2号に該当するものとして免税扱いにしてきたものと解される。 東京都側は、都税条例134条1項4号に該当するとして、従前免税扱いにしてきたと一部に報道されている。都税条例134条1項4号「前各号に掲げるものの外、規則で定める固定資産」。都税条例施行規則31条「@条例第134条第1項4号に該当するものは、賦課期日後火災その他の事由により滅失し、又は甚大な損害を受けた家屋その他、特別の事情があると認められる固定資産とする。A前項に規定する固定資産に対する固定資産税の減免は、当該事情を考慮して、知事の認めるところにより減免する」。これらの規定の仕方からいって、都税条例134条1項4号と解するのは妥当ではなく、都税条例134条1項2号に該当するものと解するのが妥当である。 V 本件課税処分と信義則 公法上の関係である租税法律関係にも、法の一般原理である信義誠実(True True und Glauben)の原則または禁反言(estoppel)の法理が適用されることは、今日では広く承認されている。 最高裁昭和62年10月30日第3小法廷判決・判例時報1629号91頁は、信義則の法理の適用要件として、次のことを判示している。@課税庁が納税者に対して信頼の対象となる「公的見解」を表示していること、A納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、B後に右表示に反する課税処分が行われ納税者が経済的不利益を受けることになったこと、C納税者が課税庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないこと。 本件物件の固定資産税等が都税条例134条1項2号の免除事由に該当するとの認定は、東京都千代田都税事務所長の「免除決定通知書」で行われた。そして、約40年間も公然と継続的に自動的に当該免除が行われてきた。固定資産税等だけではなく、不動産取得税についても、同様の理由で免除が行われた。そこには、前出最高裁判例で言う@納税者に対して信頼の対象となる「公的見解」の表示をはじめとする諸要件を充足している事実の存在することについては疑いの余地がない(信義則の詳細については、前出拙著170頁以下の「税法と信義誠実の原則」参照)。 固定資産税等の免除の法的根拠となった前出都税条例134条1項2号の規定も、この間全く変更されていない。また、在日本朝鮮人総聯合会中央本部の機能や本件朝鮮中央会館への利用の実態もこの間全く変化がない。しかも、従前からの課税免除の理由が厳密に「在外公館的施設」ということではなく、「公益のために直接専用する固定資産」という一般的理由であることにも注意されねばならない。 東京都知事が交替したという主観的理由だけで、今回突然、課税免除から課税へと180度取り扱いの変更が一方的に行われたにすぎない。 以上、要するに、誰の目からみても、本件課税処分は法の一般原理である信義則に違反し、違法といわねばならない。 W 本件課税処分と憲法14条の法執行平等原則 本件課税処分は、以上のように、法の一般原理である信義則に違反し、違法である。加えて、同様の事情にある施設(台北駐日経済文化代表処など)に対して免税の扱いをしているのに本件朝鮮中央会館に課税することは、憲法14条の法執行平等原則に違反し違法といわねばならない。何故なら、合理的理由もなしに本件朝鮮中央会館を差別的に扱うことを意味するからである(前出拙著204頁、205頁)。 X 結語 以上で明らかなように、本件課税処分は、都税条例134条1項2号に違反するものであり、また同一法令のもとで約40年間公然と行われてきた本件朝鮮中央会館に対する課税免除の取り扱いを、合理的理由もなしに、かつ当該理由の開示も全くなされないで、まさに突然に一方的に変更するものであったといわねばならない。さらに、同取り扱いの変更は、法令の改正によるものではなく、課税庁による事実上の一片の取り扱いの変更によるものであることが銘記されねばならない。 本件課税処分は、都税条例134条1項違反、信義則違反および憲法14条の法執行平等原則違反のゆえに違法であり、取り消されねばならない。そうでなければ、著しく正義に反する。 [朝鮮新報 2003.12.20] |