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関東大震災朝鮮人虐殺関連日弁連調査報告書(9)

(8)当時の政府機関における朝鮮人に対する考え方

 なお、政府機関において朝鮮人に関する虚偽の事実を伝達させ流言飛語を生じしめた背後には、朝鮮人を危険視する考え方があったことを留意すべきである。

 1910年の日韓併合以後、韓国国内において反日独立運動は根強く存在し、1919年3月1日を期して始められた三・一独立運動は、全国土に広がり、200万人以上の朝鮮人が参加した。この運動は7500人を越す死亡者、1万5000人を越す負傷者を出して終わったが、日本の為政者には強烈な印象を残した。

 日本においても、朝鮮人の参加する労働運動、反日運動は、規模の大小は別として存在し、関東大震災の直前にあたる1921年から1922年にかけて東京朝鮮労働同盟会や大阪朝鮮労働同盟会が結成され、1922年5月のメーデーには在日朝鮮人がはじめて参加するという状況があった。

 これに対し、1922年刊行の内務省警保局編朝鮮人概況では「最近内地在留鮮人学生中漸次共産主義に感染して内地社会主義に接近するものあり」とされ、同1923年5月14日付内務省警保局長の「朝鮮人労働者募集に関する件依命通牒」は、在日朝鮮人は「往々にして社会運動及労働運動に参加し団体行動に出んとする傾向の特に著しきものあり」と、各庁府県長官に警戒を促している。また、この年5月1日の東京メーデーに際しては、警察は会場入口に「鮮人掛」「主義者掛」などを置いて彼らを理由なしに検束するなどした。

(9)マイノリティー保護に関する国際的認識

 本件の虐殺に関する国の責任を論ずるにあたって、当時の国際的認識は次のようなものであった。

 @日本政府は、国際連盟規約を検討する場で、アメリカに移住した日系人への差別を批判し、日系人を保護する目的で、国際連盟規約に人種平等条項を含ませるべきことを主張していた。(大沼保昭、国際法、国際連合と日本427n所収「はるかなる人種平等の思想」)
 朝鮮人、中国人に対する大規模、深刻な虐殺被害がおこった背景には人種差別があったことは否定できないところであり、かかる国際的な場で差別防止を主張していた日本政府が国内においてマイノリティー保護の責任を負っていたことは否定することはできないことは見やすい道理である。
 A常設国際司法裁判所は、ドイツがポーランドに返還した領域におけるドイツ系定住者事件(1923年)、アルバニアの少数者学校事件(1935年)などにおいて実質的平等についての原則を発表した。
 これは、後に国連憲章1条3、55条に盛り込まれる人種差別の防止という国際規範が、すでに古くから人類共通の規範として確認されていたことを示すものである。
 このように、国のマイノリティー保護責任、および、人種差別を規律する国際規範は、この当時から無視できない規範として存在していた。

4 結論

 以上の事実および背景事情から、少なくとも埼玉県においては、国(内務省警保局)が地方長官(各県内務部)を通じて通牒を発し、これにより各郡ないし各町村に至るまで、震災に乗じた「不逞鮮人」による放火、爆弾投擲(てき)、井戸への毒物投入などの不法行為や暴動があったとの誤った情報を、内務省という警備当局の見解として伝達・認識せしめたこと、これに対する警備と自警の方策(自警団の結成)を講じるように命じたことが、民衆の朝鮮人への暴力と虐殺の動機になったことが認められる。

 したがって、自警団による朝鮮人虐殺について、戒厳令宣告の下、殺害の実行主体である自警団を結成するよう指示し、また、朝鮮人に対する殺意を含む暴行の動機づけを与えた点で、国の責任は免れない。

第5章 再発防止の重要性

1 以上検討してきたように、軍隊による国の直接的な虐殺行為はもとより、内務省警保局をはじめとする国の機関自らが、朝鮮人が「不逞行為」によって震災の被害を拡大しているとの認識を全国に伝播し、各方面に自警の措置を呼びかけ、民衆に殺人・暴行の動機付けをした責任は重大である。

 しかるに国はその責任をあきらかにせず、謝罪もしていない。そればかりか、国として虐殺の実態や原因についての調査もしていない。

 虐殺の規模、深刻さにかんがみると、長期にわたるその不作為の責任は重大であるといわなければならない。

 国のこれら亡くなられた被害者やその遺族に与えた人権侵害行為の責任は、80年の経過により消滅するものではなく、事実を調査し、事件の内容を明らかにし、謝罪すべきである。

2 最近でも在日コリアン、特に朝鮮学校の児童、生徒に対するいやがらせがなされた事実がある。1994年の「北朝鮮核疑惑」の際、あるいは1998年の「テポドン報道」の際に、民族服であるチマ・チョゴリを着ている朝鮮学校の女生徒に対する多数の暴行や脅迫事件が起きたことは記憶に新しい。そして昨年来、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による日本人拉致事件を同国政府が認め、拉致事件の実体が明らかにされるにつれて、在日コリアン、特に朝鮮学校の児童、生徒に対する暴行、脅迫、いやがらせや危害の予告等が続いている。例えば、朝鮮学校に通う子どもが、登下校中、駅のホームや電車の中で腕を捕まれる、民族衣装のチョゴリを引っ張られる、「植民地時代に朝鮮人を全員殺しておけばこんなことにはならなかった」、「朝鮮に帰れ」などと言われる、すれ違いざまに「拉致」と言われるなどの被害を受けている。あるいは、朝鮮学校の子どもに対する危害の予告が行われ、そのために一時的に休校せざるを得なかった例もある(資料第5の2、日弁連会長声明、同緊急アピール)。

 このような出来事を考えれば、予測できない大きな事件や災害が起きたとき、今の日本でも流言飛語などの影響で在日外国人に不当な民族差別と嫌悪感、排斥的感情を引き起こす可能性があることを自戒すべきである。

 事件発生80周年の今こそ、国が事件発生の原因を事実に即して究明すべくただちに調査に着手すること、事件発生にかかわる重大な責任をみとめて謝罪すること、そのことを通じてかかる重大なあやまちを再発させないとの決意を内外に明らかにすべきときである。

 以上の調査に基づき、主文に記載したとおり、

 第1に、国は関東大震災直後の朝鮮人、中国人虐殺に対する虐殺事件に関し、軍隊による虐殺の被害者、遺族、および虚偽事実の伝達など国の行為に誘発された自警団による虐殺の被害者、遺族に対し、その責任を認めて謝罪すべきである。
 第2に、国は、朝鮮人、中国人虐殺の全貌と真相を調査し、その原因を明らかにすべきである。

 との頭書の勧告に及んだ次第である。(おわり)

[朝鮮新報 2003.12.15]