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〈対朝鮮強硬姿勢と民族排外主義〉 「安倍晋三論」に想う

 再選された小泉首相は、9月21日、自民党幹事長に安倍晋三氏を指名した。

 安倍氏は昨年9月、内閣官房副長官で小泉首相と訪朝し、拉致問題の新展開で、朝鮮に対する強硬派として名を揚げ、マスメディアの拉致に仮託しての民族排外主義の煽りと征韓論の再来を思わせる狂熱と結びついて、遠からざる時期の「安倍内閣」の呼び声さえあがる程、人気を高めた。

「安倍内閣」の呼び声?

 この時期のさまざまな安倍晋三賛美の論が各紙誌を賑わせているのを見ているうちに、私が「あれっ」と思ったのは9月23日付の産経新聞である。「祖父岸信介、父晋太郎の血と、その名も高杉晋作という長州のDNA〈遺伝子〉を継いでいる」とある。

 晋太郎氏は岸信介の娘さんを妻にしているから、岸信介は外祖父である。問題は「長州のDNA」といういい方で、どうやら、ここでは岸元首相にちなんだ「宰相遺伝子」ということらしい。つまり、「長州のDNA」といういい方で「安倍内閣待望論」を表明したものであろう。

 「広辞苑」によると、遺伝子は「生物の個々の遺伝形質を発現させるもとになる、デオキシリポ核酸(DNA)、一部のウィルスではリポ核酸(RNA)の分子の領域」とある。生物化学の分野にうとい私にも、遺伝子(DNA)が生物の遺伝形質を発現させるもとになる、ということが理解できる。また、「遺伝子は生殖細胞を通じて親から子へ伝えられる」ともある。これも理解できる。つまりは生物学の領域での問題である。なのに高杉晋作などの名を引いて、「長州のDNA」を継いでいるとやる。高杉はご存知、幕末長州藩の志士で、吉田松陰、木戸孝允、伊藤博文、井上馨、山県有朋などの名が続く。要するにここでは、父祖から承けた生物学的遺伝形質とは全く質の異なる思想、政治信条に重点を置いて期待を表明しているのである。

松陰ゆずりの征韓思想

 「長州のDNA」とは何か。論者は、岸信介やその弟の佐藤栄作、そして、岸、佐藤両家の遠縁にあたる吉田茂元首相を引合にして、「宰相遺伝子」の発現を期待して書いたものというかも知れない。しかし、幕末の志士を引いての「長州のDNA」という表現は、朝鮮半島出身者なら必ずカチン、とどこかに響く筈である。すなわち前述した幕末、長州藩の吉田松陰の「征韓論」唱導はその弟子たちに受け継がれた。高杉晋作は維新直前に叛死するが、木戸、伊藤、山県、山田顕義、品川弥二郎、青木周蔵、曽禰荒助らは大臣を歴任し、とくに伊藤や山県は幾度となく総理大臣になり、松陰ゆずりの征韓思想を全的に生かし、朝鮮略取に絶大な政治的力を傾注した。殊に伊藤博文は、保護条約を強要して朝鮮の外政権を奪い、また、ハーグ密使事件を奇貨として、高宗退位と七条約を強要して朝鮮の内政権および軍政権を奪って朝鮮を完全な無主権国家にした張本人である。よほどの人でない限り、この事実を知らない朝鮮人はいない。長州藩出身者こそは日本挙げての征韓論と征韓実行の中核部隊であった。

 以上の事実を念頭に次の安倍論を見てもらいたい。「望むらくは安倍氏に、松陰の清潔さと径行を保ちながら、伊藤的なスケールと、時に権謀を辞さないふてぶてしさを備えてもらうことだろう。それは同時に、今の日本に求められているリーダー像である」。「文藝春秋」11月号の福田和也という人の安倍晋三論である。いわゆる「長州DNA」の中身を示したものと云える。

歴史的な反朝鮮の温床

 自民党若手国防族としての安倍氏のタカ派ぶりと岸信介ゆずりの「憲法改正」論は知られているが、日本の核武装容認発言や、「北朝鮮なんて核落として、ぺんぺん草一つ生えないようにしてやるぜェ」(「週刊文春」10月9日号)という発言は、この人の政治信条の表白としても見逃せないように思う。

 ところで父晋太郎氏の父は安倍寛という政治家である。1942年の翼賛選挙では、東条開戦内閣に反対して、非推薦で闘い当選を果している。ちなみにこの時、岸信介は東条開戦内閣の商工大臣、翼賛議員で当選している。祖父安倍寛は、平和を希う反骨の人として知られているという。晋太郎氏は「岸信介のムコ」という紹介のされ方を嫌い、「安倍寛の息子です」と云っていたという。晋三氏は「拉致議連」の中心人物であったが、今や「一心同体」となった観のある、「家族会」の一部の幹部や「救う会」の会長以下の人々は、その言動から知れるように、朝鮮という国をぶっ潰すことを目的とした新「征韓」派である。マスメディアの大勢はこの新「征韓」派に、「右へならえ」の翼賛態勢で臨んで、さかんに反朝鮮を煽っているが、安倍晋三氏はこのまま、幕末、明治以来の歴史的な反朝鮮に基軸をおく新「征韓」派の旗ふりを続けるつもりであろうか。

 歴史は「征韓論」実行により、朝鮮に大被害を与えただけでなく、日本国民にも大きな犠牲を払わせたことを教えている。

 「DNA」にこだわるなら、「岸DNA」より「寛DNA」を継ぐのが本筋ではないか。祖父安倍寛の反骨精神を哭かしてはなるまいと思うが、いかがかな。もっとも、自民党長老の松野頼三氏に「晋三はマザコン」(「週刊現代」10月18日付)と評されている晋三氏に、「乳離れ」を求めるのは無理というものかも知れない。(朝鮮近代史研究、琴秉洞)

[朝鮮新報 2003.10.29]