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〈危うい今日を超える視点〉 自立する日本軍

 北東アジアの銃声なき殺戮プロセスで、イラク侵略時の英国と同じようなピエロめいた役割を果たすのはどこか。日本だ。

 日米安保条約および日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)とセットの有事法制3法(6月13日施行)やテロ対策特別措置法、さらにイラク復興支援特別措置法案(国会審議中)などを揃え、日本は確実に対外軍事侵攻のステップを踏んでいる。日本国憲法はすでに扼殺された。

 いまはっきりと正視すべきなのは拉致騒動のその後≠ナある。たとえば北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)は「日朝間のあらゆる交流の遮断」を執拗に求める。同会の佐藤勝巳会長はごくあたりまえのように日本の核武装を提案する。また拉致議連は、5月の日米首脳会談後の説明資料に「(朝鮮に対する)圧力」という文言がないことを捉え、田中均外務審議官たちを処分しろと川口順子外相に迫ってもいる。

 じつに奇怪な話だ。拉致の被害者の救出と支援をひときわ声高に叫ぶ者たちが肝心の拉致被害事案を絶望的な領域へ押しやって換骨奪胎する。彼らはあたりかまわず「拉致被害の悲しみが分からないのか、非国民」と罵り威嚇する。要するに拉致の衝撃を逆手に取り、それを涙と被害妄想まみれの愛国主義ヘ巧妙にすり替え、侮蔑をオーソライズするのだ。

 そこで、こんな光景が日常化してしまった。フジテレビの6月17日午後7時台の番組。歌手の泉谷しげるは阪神ファンがいっせいに風船を上げる映像を見て次のようにコメントした。吐き捨てるような口調だ。

 「大阪のやつは北朝鮮みたいだな!」

 すると、同スタジオを笑いが包み、カメラが泉谷の得意げな顔をクローズアップする。

 侮蔑と傲慢と排外主義の混濁した流れはフィードバックして石破茂防衛庁長官を勇気付け、日本国憲法をはるかに逸脱した「敵基地の先制攻撃」を公然とぶち上げさせたりしているのだが、そこにはブッシュ氏の約10兆円と試算されるMD(ミサイル防衛)ビジネスが固く絡みつき、防衛官僚たちは米英軍のイラク侵略のさなか、「ミサイル防衛について<米国の取り組み状況と我が国の課題>」と題した全11ページのパンフレットを作成。衆参議員の事務所を激しく駆け回り、MD予算を増加させて米国に貢献するよう熱っぽく説いていた。

 00年10月に発表され、ブッシュ政権の北東アジア戦略の骨格になった「アーミテージ報告書」にはこんな指摘が含まれている。

 「米日関係は焦点が見失われ、不安定なものになった。…憲法の第9条は集団的自衛権を禁止していると解され、日米同盟にとって足かせになってきた」

 しかし、ブッシュ氏は、94年に朝鮮と結んだジュネーブ合意を一方的に破壊して朝鮮危機を煽り、同時に01年の9.11を好機と捉えアフガン(中央アジアの十字路)とイラク(石油)の膨大な利権を掌中におさめる過程で日本の「足かせ」を外したのだった。ブッシュ氏は危機をエサに肥大化をはかる。日本はその危機に乗じて侵略国家化の道を歩む。MDプロジェクトはその象徴である。

 ところで、この流れにブッシュ氏にとっては予想外の動きが加わった。もしくは蘇生したと言うべきか。

 日本軍の自立である。自衛隊の兵器も指揮命令体系もすべて米軍仕様。米軍の膝下に置かれている。だが、ゆっくりと、まだ小さなものでしかないけれど、この枠組からはみ出そうとする動きが顕在化してきているのだ。それは膨張し続ける侮蔑や傲慢や排外主義の空気と微妙に呼応する。ブッシュ氏が朝鮮攻撃に踏み切る。と、日本は有事法を発動させて参戦する。このような経験は日本軍の自立化を確実に促進していくに違いない。ブッシュ氏が韓国と中国にブレーキをかけられ、大統領選挙に突入し朝鮮攻撃の時期を失してしまったとしても、いったん発生した日本軍の自立化の動きはもはや止まらないのではないか。

 いや、止める方法がひとつある。日本国憲法の「再生」だ。(野田峯雄、ジャーナリスト)

[朝鮮新報 2003.6.30]