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〈危うい今日を超える視点〉 「万景峰92」号、意図的な障害作り

 6月9日の新潟西港の埠頭で、立ち入りを特に許された120人余りが海と空へ向かって突き出した拳は何を意味しているのか。同埠頭への入り口はコンテナや関西弁を話す機動隊員によって封鎖され、背後の街を約150台の右翼街宣車が日の丸を掲げパレードをした。前日にホテル新潟で「万景峰号の入港反対緊急集会」を開いた者たちは同号の入港見合わせを「日本国民の怒りに恐れをなした結果。勝利だ」と自讃した。

 彼らはこの自讃劇を新潟西港の埠頭で再演したわけだが、「万景峰92」号の影も形もない海と空に、つまり虚空に突き出された拳は天皇が神の座を簒奪していた時代の、勝利の白昼夢に酔いしれた者たちによる滑稽かつ醜悪な竹槍突撃練習を想起させる。それにしてもどうしたことか。ホテル新潟や新潟西港埠頭の集会は拉致被害者を核にしていた。にもかかわらず肝心の拉致の色彩がなぜかとてつもなく希薄なのだ。代わりに、ひとりよがりの「日本国民」がはしゃぐ。

 船舶騒動はもう拉致とは別次元の展開。拉致を超えた意志に完全支配されている。

 国土交通省海事局によるPSC(ポート・ステイト・コントロール、外国船舶検査)の年間実施件数は01年が4498件で、02年が4311件。やや減少している。ちなみに03年1月〜5月は2077件である。さて、そのうちの朝鮮船舶関係だが、従来は年平均20件前後(01年=19件)。しかし02年、突如40件となり、03年1月1日〜6月16日は約半年なのに78件を記録する。

 また、同検査に基づく改善命令件数は00年=269件(うち朝鮮船舶4件)、01年=465件(同10件)、02年=455件(同23件)である。こちらも朝鮮関係が倍増し続け、ついに03年前半、総件数(235件)が微増≠ノもかかわらず朝鮮関係のみ64件へ跳ね上がっている。

 その異常増加の真因は何か。日本の閣僚たちはこもごも「朝鮮をターゲットにした意図的、計画的な障害づくり」であることを公言してはばからない。これは誰の発案なのか。誰のシナリオに従った動きなのか。

 小泉首相の背にブッシュ米大統領がかぶさっていることは国際社会の常識である。つまり、仮に「万景峰92」号の入港見合わせを「勝利」だとすれば、それは小泉首相の勝利ではない。ましてや「日本国民」の勝利でもない。まさにブッシュ氏の勝利。より正確に言うと、いま日本を包んでいる朝鮮問題はすぐれてブッシュ氏の支配欲望の肥大化の問題である。

 このブッシュ氏の欲望そのものを無効化させる手段のひとつとして、凝視し、明確に反撃し、消失させなければならないことがある。草の根愛国主義と呼ばれ始めている現象だ。あの新潟騒動における自己陶酔のはての勝利総括はその典型だが、いわゆる草の根愛国主義はファシズムにほかならず、ファシズムは常に排外主義や蔑視とともに、薄っぺらな郷土愛、被害妄想、あふれる涙、あまつさえ虚飾に満ちたセンチメンタル・ストーリーを固く身にまとい台頭してくる。

 1932年。長野県上田の「支那事変展」で某女性が指を切り血書を捧げた。大阪の主婦・安田せいが見送り人のいない貧しい応召兵に涙し、国防婦人会運動を開始した。それらは自然に発生したわけではない。彼女たちのすぐ脇に心をあやつる、凶暴きわまりない演出者(大日本帝国軍)がいたのだ。

 そして、いま再び凶暴きわまりない者たちの声を聞く。たとえば拉致を踏み台にした腐敗臭漂う愛国主義がはびこる。PSCは口実にすぎない。こうした惨状はどこへつながるのか。共生への反転は可能だろうか。(野田峯雄、ジャーナリスト)

[朝鮮新報 2003.6.24]