「誠信」へのアプローチ−朝・日交渉と拉致問題をめぐって− |
人々の痛み知って戦争への動きと闘おう 元陸軍のエリート参謀で、「政界の陰のキーマン」と呼ばれた瀬島龍三氏。39年11月から45年7月まで、参謀本部作戦課に属し、主要な作戦に関与して、戦後は「歴代総理の指南役」と言われた人物。あるいは、「読売王国」を築き上げ、戦後の憲法が掲げた平和、民主主義の理念を打ち捨て、改憲、国家主義への潮流を作りあげた渡辺恒雄氏…。 政財界の「フィクサー」に肉薄し、その人物像を描きながら現代史の闇、暗部をえぐり出す精力的な仕事を続ける魚住さんは、9.17以降の日本のメディア状況をこう嘆く。 「いやぁ、こんなに酷いとは。新聞を引き裂いて、テレビを壊してやりたくなりました。日本のメディアというのは、こんなに酷いのか、受け取る側の意識がこんなに劣悪なのかと…。それを長い間見せつけられて、あぁ、もうダメだ、この国はダメだ、と正直思いました」 9.11同時多発テロの後の米国のメディアの論調も一挙に愛国、排外主義におちいった。「何とつまらないメディアか」と思ったが、日本はその米国よりさらに劣悪だと感じている。 「拉致報道の特徴は、排外主義と家族主義と国家主義。みんなが拉致被害者の家族のようになって、悲しんだり、怒ったりしている」。そして、国民的な憎悪の感情が、在日や子供たちの頭上に覆い被さっていく。 「日本では毎日、さまざまな事件や事故が起きているのに、こんな反応を見せるのは、拉致事件に対してだけ。日本と朝鮮半島の間で、歴史的に培われてきた日本人の差別や蔑視の感情が、この事件で一挙に吹き出したのではないか。気味悪さだけが印象に残った」 その最たるものが、東京や毎日新聞に載った蓮池透さんの兄弟愛が薫さんを「日本人」に戻したという記事。「薫さんは北で洗脳されたロボットだと、はじめから決めつけている」。そこにあるのは「北朝鮮のロボット対真人間の日本人」という二項対立の思考だけ。 「被害者たちが北で過ごした長い時間は、そんなに単純ではない。地位、仕事、人間関係、家族…。必死に築き上げたものがあるだろう。朝鮮であれ、日本であれ、米国であれ、人はいろいろなものを引きずって生きている。軽薄な二元論では人間を捉えきることはできない」と魚住さんは指摘する。 そして、こうした記事のもう1つの問題点として、「記者が蓮池透さんという重要なネタ元の機嫌を取ろうとする姿勢が露骨で、あさましい。国家主義的イデオロギーを背負ったまま、恥じ入ることを知らぬ新聞社の感覚がわからない」と語る。 「国家」という熱病に冒された愚かものたち、と魚住さんは喝破する。「拉致問題では情報源が限られている。それを牛耳っているのが政府と『救う会』だ。だから日本中に広がるのは政府と『救う会』のフィルターを通った情報だけという、異常な事態になっている」。 社会部記者として地べたを這うようにして、歴史的事件の謎に迫り続けた日々。魚住さんはフリーになった後も一貫して、「陸軍の頭脳と言われたエリート参謀たちが無謀で愚かな戦争に突っ走ったのはなぜか」「あの悲惨な戦争を引き起こした日本社会の構造が、今なお変わりなく続いているのはなぜか」 「戦後日本とは何か、日本人とは何か」の問いを発し続けている。そのひたむきな追及の果てに浮上したのは、「日本社会に幾重にも張り巡らされた重層的な差別構造」だった。戦前も戦後も切れ目なく続く差別という巨大なブラックホール。 在日や部落、あるいは正社員や派遣社員、男性や女性、健常者や身障者…。差別の連鎖の中でしか、自我が保てぬしくみ。そこで脚光を浴び続ける「石原慎太郎」という存在に焦点を当てると、日本社会の歪みがより解きやすくなると語る。 「斎藤貴男さんが書いた石原論『空疎な小皇帝』でわかるように彼は単なる差別主義者で、外国を毛嫌いする排外主義者なのに、なぜ、人気者になるのか。それは彼が日本人の持つ『差別主義』を丸ごと肯定してくれる、日本人にとってとても居心地のいい存在だからでしょう。まがりなりにも差別はいけないと教えてきた戦後民主主義は崩壊してしまった。9.17以降の狂乱的な北朝鮮バッシングと石原礼讃はそのことをはっきり教えてくれた」 しかし、この状況に絶望してはならないと魚住さんは思う。 「組織の管理主義や抑圧に抵抗して、まともな仕事をしている記者がまだたくさんいる。1人のまともな記者のまわりには、それに共鳴する10人の記者がいるはず。そんな人たちと共に声をあげ、手を繋げて、メディアを変えていかねば」 かつて、エリート軍人は、日本を滅亡へとミスリードした。今またエリート官僚たちが、思い上がった意識で、日本を米国の戦争へと駆り立てていく。 「記者たちは社会の下層で苦しんでいる人たちの立場に立って、彼らの痛みと苦しみと喜びを分かち合う感性を持って、戦争への動きと本気で闘うべきだ」との熱い心情を吐露する。(ジャーナリスト、魚住昭さん)(朴日粉記者) [朝鮮新報 2003.4.16] |