「誠信」へのアプローチ−朝・日交渉と拉致問題をめぐって− |
「政治の方向誤れば、市民が行動して軌道修正すべき」 日本社会の右傾化への傾斜を何とか止めたいという強い気迫が、高嶋さんのエネルギュッシュな行動を支えている。 家永裁判を引き継いだ「横浜教科書訴訟」で国の検定の違法性を徹底的に追及して行動する学者である。1968年から28年間、筑波大学付属高校で地理や現代社会を教えていた。 「大学院の修士を終えて、教師になった時、先輩たちに教科書通りの授業をやってはいけないと教えられた。手抜きをすると生徒に見破られますから、真剣そのもの。学校側も新米教師にとにかく勉強しなさいと当時、年間10万円もの本代を援助してくれた」 手製のプリントを毎時間配って、熱弁を振るう熱血教師は、しばらくして、ある事実に気づかされる。「生徒たちのアジア観が、大人の持つ差別観をそのまま反映していることに非常に衝撃を受けた。朝鮮、中国、東南アジアに対する歪んだ差別の根源を生徒たちに気づかせなければ、戦前戦中、さらに戦後に通底する露骨な差別意識を克服し、アジアへの戦争責任に向き合うことはできないと思った」 そう思うと行動は素早い。高嶋さんは、夏休みなどを利用して、東南アジアを約20年の間に60回以上も訪れ、教科書に書かれていない日本の侵略の実態を調べた。日本人の顔など二度と見たくないと思っている被害者たちの生々しい証言は、日本軍の残虐さと戦争の悲惨さを訴えるものだった。 「一人の日本兵が赤ん坊だった下の弟を空中に放り投げ、もう一人が銃剣で刺し殺した」 「女性は1軒の家に押し込められ、機関銃で撃たれて、家に火をつけられた。男性は縛られ、機関銃で撃たれた」 東南アジアで日本軍は何をしたか。そこから目を背けず、事実を生徒たちに知らせた。こうした授業で鍛えられていった教え子たちは「侵略された側、弱者の側の視点に立つことの大切さを気づかされ」、今も恩師の教科書裁判の支援を続ける。 そんな高嶋さんは、拉致事件のエモーショナルな報道によって、ヒステリックな反応を示す日本社会を厳しく批判する。 「社会科教師としてとくに一人ひとりの思考力を育てることに心血を注いできたが、力の足りなさを感じている。チョゴリ切り裂き事件が起きたり、文科省が民族学校卒業生に国立大学の受験資格を認めないなどという在日朝鮮人を差別する風潮が台頭していることに、みんなでノーと立ち上がる時だと思う」 高嶋さんはその一環として、「拉致事件を授業でどんどん積極的に扱っていこう!!」というプリントを作った。これは琉球大学教育学部の今年度の後期教科教育法の講義で教材として使用されるもので、全国の現場の教師にも活用を呼びかけている。 この教材が強調している点は―。 @日本のメディアは北朝鮮を「極悪非道の国」とレッテルを張り続け、検証されていない不確実な情報を垂れ流し続けながら、北に残された家族のインタビューが報道されると、極端な非難を浴びせる状況が既に半年も続いていること。(これについて、日本の民主主義はこの程度のものだったのか。これではまるで、戦前、戦中の日本社会に逆戻りではないか。アジアの人々は、日本への警戒をあらたにしているのではないかと生徒たちに考えさせる) A日本中の関心事になっているこの事件について、社会科の授業で触れないわけにはいかない。(では、どう教えるか。根本は「拉致」があったという事実を踏まえながら、なぜ、そのようなことになったのか、45年以降の日朝関係に照らして、事実に立脚して分析していく) Bそうすれば戦後、冷戦に組み込まれた中で、分断国家の一方、韓国とだけ国交を結び、北朝鮮とは非正常な関係を続け、日本が北朝鮮を敵対関係に追い込んでいったことが明白になる。ミサイル開発、核武装を騒ぐ人たちは在韓米軍が毎年合同演習していたことや、在日米軍基地や日本周辺海域から数百発の核ミサイルを北朝鮮に発射できる態勢を整えている事実に触れない。その誤りを正す軍事知識も不可欠。(こうすることで、現在の日本に氾濫している「日本側は善意で無力な第三者で、何の責任もない」という被害者意識が、いかに的はずれのものであるか、生徒たちにもわかる) 日本は軍事大国化を進め、アジア諸国の警戒心を呼び起こしている。高嶋さんは9.11同時多発テロを口実としたイージス艦のインド洋派遣や有事法制の準備といった政治目的に拉致事件が利用されていることを、現場教師が看破すべきだと語る。 「かつて、明治の大知識人福沢諭吉は『脱亜論』を説き、日本のアジア、朝鮮侵略の思想的ベースを形成した。戦後もそれは進歩派と呼ばれる丸山真男などに引き継がれ、温存されてきた。こうしたアジアへの侮蔑的意識を今こそ、払拭しなければ、日本は国際社会で信頼される一員にはなれない。政治の方向が誤れば、市民自らが行動して、軌道修正すべきだ」(琉球大学教授、高嶋伸欣さん)(朴日粉記者) [朝鮮新報 2003.3.19] |