「誠信」へのアプローチ−朝・日交渉と拉致問題をめぐって− |
「マスメディアよ 目を覚ませ戦争に導く報道こそ愚か」 たとえばこうして、朝鮮新報に原稿を寄せること自体、この国で暮らす物書きにとっては相当なリスクなのである。まず、左翼のレッテルが貼られる。次にあいつは北のシンパだ、そういや親父だか爺さんだかそっちの出だって話だぜ……などという噂が、たちまちネット上を駆け巡ることになるに違いない。 朝鮮半島に絡まないテーマを扱えば、今度は被差別部落出身の形容が与えられよう。日本で大勢に従おうとしない者はそれだけで異分子として括られ、理不尽な偏見の文脈に乗せられて、やがてじわじわと排除されていく。 日本人はつくづく、差別が大好きな民族であるようだ。世界中どこも似たようなものかもしれないが、日頃アメリカの白人サマに媚びへつらいまくっている分だけ、かつて植民地支配していた相手には余計に居丈高になり、実は屈辱にまみれている内面のバランスを取りたがるから始末が悪い。 拉致事件の被害者たちが帰国して以来の北朝鮮報道はほとんど狂気の沙汰である。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と名がつく一切合切は絶対悪で、わが大日本帝国はすべてが絶対善なりという以外には何も語っていない傲慢ばかりをマスメディアは、すでに3カ月が経過した今もなお連日連夜、それこそ洗脳よろしくこれでもかとたれ流し続けている。相手の言い分を取材することイコール謀略への加担と短絡する内輪のコンセンサス≠燻タに便利で、検証もなく何を書いても言ってもOKがすでに業界のお約束。 石原慎太郎都知事に至っては案の定、戦争だ戦争だと喚きまくっている。彼に公人としての自覚のかけらもないのは今に始まったことではないけれど、彼に限って一時の混乱でもない。 1982年、衆議院議員時代の彼と同じ選挙区から出馬した元大蔵官僚の新井将敬氏のポスター約5000枚に、「(昭和)四十一年北朝鮮より帰化」と書かれた黒いシールが貼られた事件があった。実行犯は石原議員の公設第一秘書(当時)。帰化の事実を証明する除籍原本のコピーが新井氏側の支援者たちにバラまかれたほどの周到な犯行は、秘書氏の独断専行として処理されたのだったが―。 20余年後の現在、元秘書は最大手ゼネコン・鹿島建設の営業幹部に出世している。同社は昨年、東京都から秋葉原の広大な都有地を、事実上の無競争で払い下げられて話題になった。 かの三国人#ュ言も記憶に生々しい。石原知事にはいつも人間の剥き出しの醜さを見せつけられているようで、そのたびに生きていることが辛く悲しくなる。 にもかかわらず、いや、だからこそかえって彼は閉塞感に喘ぐこの国の大衆人気を得ているらしい現実。もはやレッテル貼りを億劫がっている場合ではない。日本はこの間、戦争シフトさえ着々と敷きつつあるのだ。 第二次小泉純一郎内閣で防衛庁長官に就任した石破茂・衆議院議員は、かねて「徴兵制は違憲ではない」と公言してきた人物である。徴兵は個人の尊重を定めた憲法13条および意に反する苦役を否定した同18条に違反するとしてきた政府見解を無視する彼の主張は、「国を守ることは意に反した奴隷的苦役ではないから」(衆院憲法調査会での発言など)。 こんな理屈が罷り通るなら、国家は国民に何を強いても構わないことになりかねない。元自治相の息子、戦車のプラモ作りが趣味の若干45歳。出自・世代とも戦争の悲惨などとは一切無縁の世襲代議士の価値観は、あまりにも軽々しくて恐ろしい。 他人の人生に対する石破長官の発想と、北朝鮮のそれとが同じか否かはこの際措こう。少し前までの日本では最も危険なタイプとして忌避されていた若手の好戦的タカ派を小泉首相がここぞとばかりほかならぬ防衛庁長官のポストに起用してのけ、そのことを多少とも批判的に論じたマスメディアが皆無に等しかった事実だけを、とりあえず示しておく。 「だって石破さんは拉致議連(北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟)の会長だった人。拉致事件のネタを貰えなくなるような紙面は作れないよ」。大手全国紙の関係者が笑っていた。 アメリカによるイラク攻撃への参戦を目処に、一気に戦争国家へと舵を切りつつある小泉政権の日本。被害者感情と差別意識がないまぜになった北朝鮮に対する国内の空気が今後も変わらないとすれば、その咎はそのまま、自らにも降り注いでくる。 拉致事件は確かに酷い。しかし、同じことを、いや拉致してきた人数も強要した行為もそのはるか上をいくスケールで戦前戦中の日本が朝鮮の人々にしていた歴史が無視されていく限り、やった側は自らを正当化することができてしまう。憎悪のキャッチボールが未来永劫にわたって続けられ、戦争を利権と捉える層を喜ばせるだけのことだ。 マスメディアよ、いいかげんに目を覚ませ。分かりきっていて戦争を導くような報道≠、これ以上続けることほどの愚はないではないか。(斎藤貴男、ジャーナリスト) [朝鮮新報 2003.1.18] |