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〈金日成綜合大学で教えてA〉 通訳とスピーチを猛訓練

 外国語文学部は20階と21階を中心とし約500名が学んでいる。1クラス20名前後で教室も適当な広さの極めて良好な教育環境である。

 「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ!」(初めまして!)

 学生たちは一斉に立ち上がり拍手で迎えてくれる。

 着席した学生たちにいきなり英語でベラベラしゃべると彼らは目を丸くしていたが、やがて私が何を言っているのかよく解らないのだろう。その困った顔に合わせて今度は速度を緩める。すると学生たちは思い出したように私の英語を捉えようと目を輝かせた。

 「私のはアメリカ英語です。ですから、今乗ってきた『リフト』は『エレベーター』と言うし、地下鉄は『アンダー・グラウンド』だが『サブウェイ』、『学長』は『レクター』とも言うが『プレジデント』と呼ぶ方が多いです。アクセントはイギリス英語では少し固いがアメリカ英語はそれにワルツのような抑揚を付けるのでなだらかであります。その他、発音や文法、表現などにもアメリカ英語が随所に出てくるがそれをぜひ、汲み取ってください。それからこの大学の名誉にかけて高い水準を要求することになるが、私の時間は制限されています。私と一緒に大いにハッスルしてください」

 この間、私は5年生、つまり卒業班を教えていたが、3組あり、後半にかけ、その第1組を臨時担任するように言われた。考えれば考えるほど、当局は非常におおらかで、まだ1〜2カ月しか経たない私をとことん信じてくださる。これはまさしく在日同胞に対する配慮からくるものであるが、教育上からいっても臨時とはいえ、明日は卒業し、社会で重要な役割を果たすべき金の卵を任されるとはとてもありえぬことで私はいたく感動し、ますますこの信頼に報わねばと心に誓った。

 さて授業であるが、学生たちは緊張気味で、90分の間、ペンをノートの上で握りながら、私の英語の必要な部分を書き込む。

 特別講義なので題材は私が決め、私の願いで毎日5時間は続けるが、講義中はその20人が水を打ったように静かで私の声だけがいやに朗々と響くのだ。その講義にしたがって次の日は全員が5分間ずつ英語スピーチをするので、彼らはその講義を逃すわけにはいかないのである。

 私はこの期間、最低2つのことを目標に計画を立てた。ちょっと専門的であるが少しだけ我慢してほしい。

 第1は絶対に発音関係である。

 何より(th)→ス・ズというウリマルにも日本語にもない発音であるが、これは特に曲者である。

 たとえば「トルース」は「休戦」を意味するが「トルース」は「真実」、「スロウ」は「ゆっくり」だが「スロウ」は「投げる」、「アイ・サンキュウ」なら「私はあなたに感謝する」で良いが「アイ・サンキュウ」は「私は君を沈めた」となる。また、ズの場合は用例があまりないが、相手を悩ませる原因に変わりない。だから自分は話しているつもりでも、相手には誤解されたりチンプンカンプンとなる場合がよくあるのである。その他、いくつかの難しい発音を基本的に矯正させること。

 第2は、これに基づいて通訳とスピーチを猛訓練させること。

 学生たちは英語で話したくてしょうがない。自分の英語がどれほど通じるのか試したいのである。そのため休み時間は学生に取り巻かれ、英語に対する質問とか人生の話を聞かせてくれとせがまれる。こんな時にはさすがにエリート学生も緊張がほぐれ、リラックスした顔で大いに笑ったりする。

 嬉しかったのは授業中に女子学生が必ず教壇へジュースを運んでくれたことである。2カ月経つと家庭的な雰囲気まで教室に流れるが、私は自分の使命感を忘れることはなかった。「立つ鳥後を濁さず」という。この最後の1カ月が勝負である。

 私の授業はエスカレートし火の玉と化した。すると学生たちも火の玉となり、どこまでも政治、経済、哲学、文化、国際情勢などのテーマを消化してくる。それにつられて私も明日はさらなる要求を促すといった具合である。実は、私は果たして学生たちがどの水準でギブ・アップするのかを見定めようとする教師としての興味も含めていたのだ。

 私の授業内容は、

 1、あるテーマを設定し、その講義をする(普通90分)。
 2、次の日にそれに基づいた5分間スピーチを学生たちにさせ、いちいち批評する。
 3、英語と朝鮮語の通訳をさせる。
 4、いくつかの新しい文型を示し、それを利用したグループでの自由会話をさせる。
 5、(th)→ス・ズの発音を中心に何回も繰り返しテストする。
 6、朝鮮語と英語の文化、歴史の違い。
 7、英会話から同時通訳実現までの道のり。
 8、高級単語の復習(時事単語を含む)…などである。

 とにかく前述のように英語で始まり英語ですべてを終わる日課に学生たちもようやく慣れてきたようだ。

 ところがある日、ついに問題発生である。

 このクラスにはK君という学生がいた。

 正規の学生と違い10歳以上年上で軍隊にいた頃、大手柄を立てたらしく、特別編入されたという。それまでは難題ではあるが何とかこなしてきたというのに、そのK君がスピーチをしっかり練習してこなかったのである。

 スピーチの途中で英語が口から出てこない。

 「練習をしてこなかったね?」

 彼は黙々と頭を下げる。

 (国の配慮によって最高殿堂で学ぶことになったというのに、そして皆、きちんと課題を果たしているというのに、とうとう落伍者が出てしまったか!)
 切ない気持ちになり、私は迷った。(金漢鎬、在日教育家、つづく)

[朝鮮新報 2003.7.26]