各地の同胞が語る「私とサークル」−ウリマルサークル「イッポ」(愛知) |
ウリマル(朝鮮語)をこよなく愛し、1世のウリマルを体得して自由にウリマルを使いこなしたい―。そんな思いを胸に、たった2人で始めた発音練習がきっかけとなり始まったウリマルサークル「イッポ」も今年で9年目を迎えた。同胞1世の人生を描いた「テマンハルモニのお話」をはじめ、オリジナルの寸劇や紙芝居を制作するなど幅広い活動を行っている。 「ピローネ」が原点 幼稚園の頃、「カニのピローネ」という劇の主役に抜擢されて、とてもほめられたことがある。その頃から私は何かを演じることが好きだったのだと思う。朝鮮大学校の学生時代は演劇もよく観に行った。朝大演劇部の大ファンで欠かさず公演は観覧したし、宝塚歌劇団にもはまった。チケットを購入するために朝6時から並んだり、朝大文学部の仲間とビデオを見ながら踊ったりしていた。でも自分で何かを演じるのは、「ピローネ」以来、ほとんどなかった。 そんな私が大学卒業後、愛知朝高で教職に就くことになり、大学時代の親友に誘われ「イッポ」の活動に加わることになった。発音練習から始まったサークルだったがメンバーの増加とともに、年に1度の定期公演はもちろん、演劇、紙芝居、詩や本の朗読、ドラマやアニメのアフレコ、座談会、ミュージカル風の出し物、司会や通訳など、活動のすそ野を広げてきた。 あらゆることにチャレンジしたなかでも、やっぱり私が一番好きなのは演劇である。「イッポ」では演じるだけでなく、脚本や音響、照明、小道具や衣装、練習場の確保などもすべて自分たちで行う。みんなで力を合わせて劇を作り上げていく。その過程を通じて、舞台の魅力の「隠し味」を知る喜びも感じている。 1世の生き様学ぶ 演劇といっても短い芝居が多く、簡素だ。定期公演以外は、その時々に都合のつくメンバーでこなしていく。だから週1回の練習ですらままならない私でも、子どもがいるオンマでも参加可能。だれでも無理なく、長〜く一歩いっぽ、である。 最近になって、「イッポ」がなぜ「1世のウリマル」にこだわるのかわかったような気がする。私たち3、4世は自分の生き方を正面から模索していくため、演劇を通して1世の生き様に近づこうとしているのではないだろうか。「言葉の中から人が見えてくる」というが、コリアンは昔から楽観的で機知に富み、人情味あふれる生活を送ってきた。それは言葉のすみずみにもしみ込んでいるはずだ。 10年前に朝高を卒業した妹は、「ウリマルは、昔の頃のように一読しただけでは意味がくみ取れなくなってしまった」と言いながら、サークルでウリマルを駆使する私をうらやむ。もし愛知を離れどこか遠くへ嫁いだとしても(たとえインドであれ)、いつもウリマルと一緒にある生活がしたい。そういうわけで目下「イッポ」はメンバー募集中。同時に恋人も募集中である。(徐琴美、愛知朝高教員) [朝鮮新報 2003.10.10] |